徒然もの書きぱん

適当にアニメとかについて書いてます。今期は何について書きましょうか。

アニメ『がっこうぐらし!』は誰の視点で描かれているのか?|めぐ姉 ゆき 考察

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はじめに

 こんにちは。

 衝撃的な1話によって注目を集めたがっこうぐらし。ただの日常系でないことは最初からわかっていましたが、引き付け方がとてもうまかったように感じます。少しずつわかっていく謎とともに気になったことがあります。それは「このアニメの映像はどのキャラクターの視点を反映させたものなのか?」ということです。今回はそれについて少し考えてみたいと思います。(この考察は4話時点でのものになります。)

考察を始める前に

 目線の話を書く前に前提条件を整理します。今回の話はこの2つが前提となります。これらはいつも読ませて頂いているブログを参考にさせていただきました。

1.めぐ姉はゆきにしか見えていない

 こちらに関してはこのブログの記事を参考にさせていただきました。osusumenews.hatenablog.com
 現在見えているめぐ姉はゆきが作り出した幻想であり、その姿は他の人には見えていないという説です。見返してみるとそれっぽい描写が目立ちます。というわけで今回めぐ姉はその場にいないものとします。

2.ゆきがおかしいのは演技かもしれない

 こちらもこのブログから別の記事を参考にさせていただきました。osusumenews.hatenablog.com
hisoka02.hatenablog.com
 ゆきはもしかすると精神安定剤としての役割をまっとうするためにわざとめぐ姉が見えるふりをしているかもしれない。この説が否定出来ない、というより今はこの説が本筋であると考えています。

今回の考察の目的

 2で挙げられた「ゆきがおかしいのは演技かもしれない」の裏付けが目的となります。
 僕はこのゆきのキャラクターと現実に起こったゾンビ化という事象のギャップがきつすぎて、どうもついていけないと感じていました。そこで今回このような考察を見かけたので、それに乗ろうという感じです。ゆきのあの無邪気な行動に意味があるのであれば、作品の見え方が大きく変わると思いました。

ゆきが演技をしていると考える根拠

 僕がゆきが演技をしていると考えた根拠は、OPの歌詞にあります。

わたしたちはここにいます
ここには夢がちゃんとある

 彼女たちの夢は「日常を謳歌し、過ごすはずだった学園生活を終えること」であると僕は考えています。だからこそ、キャンプや遠足を意図的に行っているのだと思います。学校という限られた空間ではなく外を意識させることにより、ここで死んでいくのではなくここから生きていくという思考をもたせるために。それがゆきが持つ「私たちの夢」であると思います。
 このように考えるからこそ、ゆきの行動は演技なのではないかと思っています。

このアニメは誰の視点で描かれているのか?

 タイトルにもしましたが、このアニメは作為的に世界の見せ方を変えています。1話から4話まで全てにそのようなシーンが見られました。ではこの作品は誰の視点で描かれているのでしょうか? そこに注目していきたいと思います。

視点の種類

 登場人物の視点は大きく分けて2つあります。ゆきの視点と学園生活部の視点です。今回はみーくん、りーさん、くるみの3人の視点はまとめて「学園生活部の視点」とします。
 先ほど記載しましたが、このアニメは頻繁に誰目線かが入れ替わります。そうすることによって視聴者をだます意図があるのだと思います。2話を例に用います。

2話

 部室にて今日の予定を話し合っているときは「ゆきの視点」、ゆきが出て行った後の部室は「学園生活部の視点」で描かれています。先ほどまでめぐ姉が座っていた椅子がなくなっています。
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 このように、些細な場面変更で視点が切り替わっています。

本当に視点は2つだけなのか?

 ここでふと、本当に視点は2つだけなのかなと疑問に思いました。

 ゆきが狂っているからめぐ姉が見える。つまり、ゆきが狂っていなければめぐ姉は見えない。したがって、ゆきが狂っていないのであれば、ゆきの視点からめぐ姉は見えない
 逆に、ゆきが狂っておりめぐ姉が見える。つまり、今を日常であると考えているならばゾンビは見えない。したがって、ゆきが狂っているのであれば、ゾンビは見えない
 したがって、ゆきが狂っていても狂っていなくても、めぐ姉とゾンビのどちらかは見えなくなります。 

 しかし、めぐ姉とゾンビが同時に映像に映っているということは誰かのフィルターを通しています。僕は最初、「学園生活部の皆が想像したゆきの視点」であると考えていました。学園生活部の皆が見ている世界と、ゆきが見ているであろう世界を合わせて投影しているのではないかと。あくまでも主となる存在は学園生活部の視点であり、学園生活部の視点のなかにゆきの視点が存在する形です。図にすると下のようなイメージです。
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 学園生活部の皆はゆきが見ている世界を想像し、その想像した世界を含めたものを僕達が見ているのだと思いました。
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 しかしこの図ではゆきが正常であっても異常であって成立します。ここで検討していなかったことがあります。それはゆきが二人いるということです。

正常なゆきと異常なゆき

 本来の目的であったゆきが演技をしていることを考慮し、この世界には「正常なゆき」と「皆が見ている正常なゆきが演じた異常なゆき」がいるとします。さきほど作成した図にそれを追加します。
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僕達が見ている世界

 視聴者である僕達からは「異常なゆき」しか見えておらず、ゾンビを知覚している「正常なゆき」は見えていません。その一方で、僕達が見ている世界は正常なゆきが見ている世界であるため、ゾンビを知覚することができます。つまり「正常なゆき」は見えていないが「正常なゆきが見ている世界」は見えています。それと同様に、異常なゆきが見ているめぐ姉も僕たちは知覚することができます。

ゾンビとめぐ姉の両方を知覚するために

 ゾンビが実世界、めぐ姉が虚構世界にいるとするならば、そのふたつの視点を持つ必要があります。そのためには2つの世界を見ることのできる人物が必要となります。それを達成できるのがゆきであるのではないかと思います。
 ゆきがこのように異なる視点を持っているのであれば、ゆきがとっている行動は演技である可能性をもちます。

まとめ

 かなり強引にですががっこうぐらしが誰の視点による映像なのかについて検討してみました。そもそもの仮定が間違っているかもしれませんし、自分でも思うぐらい強引だと思います。なので、ふーんぐらいに思っていただければと思います。
 あと公式サイトを見ていて気になったのですが、この学校には地下があるんですね。もしかすると3話でめぐ姉が何かを書いていたのはここかもしれませんね。
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 以上です。それではまた別の記事でお会いしましょう。

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原作:海法紀光×千葉サドル
監督:安藤正臣
シリーズ構成:海法紀光
キャラクターデザイン:飯塚晴子
音楽:MOSAIC.WAV
アニメーション制作:Lerche