徒然もの書きぱん

適当にアニメとかについて書いてます。今期は何について書きましょうか。

劇場版『はいからさんが通る 前編』感想―――今だからこそさらに光るキャラクターたち

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 こんにちは。

 久しぶりにアニメの感想を書いた気がします。「よーし書くぞ―」と思って書き切れるほどに、『はいからさんが通る 前編』は最高の作品でした。
 この記事はいち早見沙織ファンが書いており、少し傾斜がついた内容になっていると思います。そこは読み手のほうでバランスを調整しながら読んでください。

本作を見るまでの流れ

 私は『はいからさんが通る』のアニメをかろうじて見たことがある程度であり、懐かしいという気持ちで視聴を決めたわけではない。早見沙織さんの新曲のタイアップということで視聴を決めていた。Twitterのタイムラインでも高評価だっため、このタイミングで視聴することにした。

本作について

 最初に述べておくと、本作は非常に高品質かつ高圧縮な作品であった。これほどまでに視聴者がキャラクター背景を把握できる作品も珍しいように思えた。最高の映画だった。

倍速で見ているかのような展開の早さなのに、納得感のある心情の変化

 本作は1時間半しかなく、出会いと別れと再始動を描くには少し短い時間であるように思う。それにもかかわらず、この作品を見ていて感情に違和感のある部分がなく、短い時間でキャラクターたちを大好きになることができた。
 紅緒は自分に正直だし、少尉は見た目とは裏腹に打算的な性格をしている。そこが視聴者に伝わるようにエピソードが挿入されていた。だから両キャラクターとも最後まで特徴が生きていた。

紅緒について

 紅緒は「自分の道は自分で決め、その道の上にある大好きのために行動する」ことをモットーにしている。許嫁と結婚したくないというのは、自分ではない人間が決めた人生になるからだし、それでは紅緒が全力で生きられないことを自分自身で知っている。他人のせいではなく自分のせいにして生きていく。そういう人生を選択している。
 それを示す決定的なエピソードは3つある。おじいさんと試合をしたこと、蘭丸をおじいさんから守ったこと、家を継ぐために白装束を着たことである。
 おじいさんと試合をし、おじいさんから小手をとって勝ったこと自体は重要ではない。女中の人があきれるほどに不味そうな薬を作り、それを嫌がるおじいさんに無理やり飲ませたことが重要である。最初このシーンを見たとき、紅緒はおじいさんが嫌いで嫌がらせのためにあの薬を飲ませたのかと思った。でもそれは誤りで、紅緒はあの薬が効くことを知っていて、嬉々として不味い薬をつくり無理やり飲ませた。そしておじいさんのことが心配だからそばに居続けた。敵対関係にあったおじいさんと正面からぶつかったから、真正面から受け入れられるようになった。
 蘭丸を守るために、9人分の命を自分の身ひとつで背負ったこともそうだ。自分のために一緒にいてくれる蘭丸は、自分が進む道の上にいる。だからそのために身を犠牲にして守ったのだ。ただ少尉の訃報ののち蘭丸を家から追い出したのは、自分が守れる範囲が大きくないことを知っていたからであり、蘭丸の役者としての可能性を最も身近で感じていたからである。蘭丸が紅緒の気持ちを理解していたように、蘭丸の実力を紅緒も理解していた。だから自分の手で未来を掴んで欲しかったのだと思う。
 そして紅緒が髪を切り白装束で葬儀の場に出席したことが、もっとも紅緒らしさを体現している。紅緒にとって、この家の人間はもうひとつの家族だ。血の繋がりはないけれど、おばあさんもおじいさんも如月さんも、そして少尉も家族だ。その大好きな家族のために家を守っていく。その決意の強さと行動の早さが、まさに紅緒だと言える。少尉が生きている可能性を知り行動できたことも、非常に紅緒らしいと思えた。

少尉について

 要所でわかる通り、少尉は非常に打算的な人間である。おばあさんの願いのために紅緒との結婚を決めたこともそうだし、紅緒を家に入れることで家の空気を変えようとしたこともそうだ。しかし彼からは冷たさというか、非人間らしいという感情を抱くことはない。おそらく所々で感情的な行動を見せる場面が多いせいである。
 彼の生い立ちを考えるに、両親を失っていることや伊集院家の後ろ盾で生きてきたため、他者との関係を築くためのスキルとして染み付いている部分が大きい。そして関係を築いた後は、他者のために一生懸命になる。紅緒や鬼島のための行動がまさにそうである。そのギャップが彼をより魅力的にし、それを知らない人間からは敵意を向けられてしまう。良くも悪くも周囲に影響を与えてしまう。紅緒が芸者との関係を疑ったことや軍の関係者から嫌味を買ったことなど、彼の印象はマイナスから始まりプラスに変わっていく。しかしプラスに変わった後は、その魅力のせいで不安にさせてしまうのである。彼の魅力に気づいたキャラクターすべてがそうであったように思う。
 少尉の人生は人よりもあたりが強いものだったかもしれない。それでもその中で生きてきたからこその、強さや魅力が詰まった人間になったのだと思った。

酒乱設定を切らなかった功績

 現在のアニメでは、法律を破る行動は基本的には描かれない。自転車で二人乗りをすることもタバコを吸うことも基本的にはない。しかし本作では、未成年である紅緒が酒乱という設定が大きく効いており、この要素をなくして再構成した場合には、説得力に欠ける部分が多く見受けられる。
 最も大きなポイントは、紅緒の気持ちを少尉は知っているという点である。紅緒は少尉に対して気持ちを伝えていないと後悔している一方で、少尉は紅緒の気持ちを知っているのだ。それは紅緒が酒乱であるから生まれたシーンであり、これがなければ紅緒の決意も少尉の覚悟も明確にはならなかったであろう。ところどころで酒乱の設定は生きており、それが物語の軸になっている。
 実のところ紅緒が酒を飲まなければもっと幸せな生活ができていたであろうが、良くも悪くも紅緒が酒乱だから物語が動いている。

魅力的なサブキャラの配置

 蘭丸や環といったメインに付随するサブキャラクターが、非常に魅力的に映っていた。蘭丸も環も主人公たちを好きでありながら、彼女たちを応援することができる人間であった。それは環たちの関係性が一方向ではなく、双方向で築かれたからである。紅緒が蘭丸と環を好きだからこそ、蘭丸と環も紅緒を大事に思ってくれる。関係性の糸が強く結ばれていた。
 その一方で、ほとんどしゃべらないキャラクターがいた。牛五郎やクラスメートである。クラスメートに関しては紅緒の日常を描きつつ、出てくるたびに印象的な存在であった。そして牛五郎に関しては、冒頭から最後まで存在感あふれる存在であった。紅緒が大陸に渡る際についていくのも違和感がなかったし、彼がそれだけ紅緒を支え続けていたことも少ないシーンから伝わってきた。
 紅緒が魅力的なだけではなく、紅緒とは異なる魅力を持つキャラクターたちが散りばめられていた。 

本作で気になった点

 ここまで本作についての感想を述べてきたが、気になった点が2つある。唐突に挿入される月のカットと、少尉の「出会う前から好きだった」というセリフである。

唐突に挿入される月のカット


 こちらに関しては自分でうまく昇華できてはいないが、自分なりの解釈である。ただ紅緒に学があるイメージは一切ないが、家出の前に環から借りていた本を読んでいたため覚えていたのかもしれない。

少尉の「出会う前から好きだった」というセリフ

 少尉は、紅緒に「出会う前から好きだった」ということを伝えている。本編の文脈に従うなら、お祖母様からずっと夢として語られてきたから会わなくても好きだったとなる。
 しかし本編を通して少尉を見ていくと、このような考え方をするようなタイプではないように思えた。この言葉は紅緒に対してマイナスの印象を与える言葉であり、少尉の生き方に反するように思えた。前述したとおり、少尉は打算的で計算に基づく人間である。だから言葉通りの意味で、出会う前に何かしらの情報を受けており、なんらかのエピソードで好きになっていったのだと思う。マイナスの印象をあたえることは知っていたが、それでも伝えなければならない言葉だったのかもしれない。
 この作品はすでに完結しているため、ここを改めて掘り下げることには意味はないかもしれないが、なんとなく引っかかりを覚えた部分として記録しておく。

最後に

 早見沙織さんの主題歌を目当てに興味を持った本作ではあったが、すべてが心地よい作品であった。現代が男女平等を謳う中、非常に歪なものが形成されつつある。過去の女性が求めた男女平等から学ぶことも多い。常識が移り変わる現代だからこそ、過去の移り変わっていった常識を再認識できたことで心に残る一作になったのかもしれない。
 まだ見ていない人は是非見てください。

早見沙織/夢の果てまで(劇場版「はいからさんが通る」 前編 主題歌)<アニメ盤>(2枚組)

早見沙織/夢の果てまで(劇場版「はいからさんが通る」 前編 主題歌)<アニメ盤>(2枚組)

劇場版はいからさんが通る 前編~紅緒、花の17歳~ オリジナル・サウンドトラック

劇場版はいからさんが通る 前編~紅緒、花の17歳~ オリジナル・サウンドトラック